自己紹介<ソーシャルワーカー~地球一周編①~パレスチナ>(2026.05.10記)
- こころ ふくし
- 5月10日
- 読了時間: 3分
【2026.5.8更新】
パレスチナ難民キャンプに行きました。
(隣国ヨルダンにある、バカアキャンプ)

「難民キャンプ」というと、テントで生活してるイメージがあります。
当初はそうだったけど、もはや80年も経っているので、いつまでも
テントってわけにはいかないし、そこそこ建物や町はできています。
でも、とても無機質で、コンクリートむき出しだったり。
それを塗装で色をつけてはいるけど、なんだか“いびつ”な町並み。


市場があったりして、流通もありそうに見えるけど


避難している国(ここは隣国のヨルダン)からの支援で
多少の物品が流通しているけど、キャンプ内で回っているだけ。
「生産」がなく、退部との貿易もないんだから、入ってくるものがない。

街を歩いていれば、子供たちは物珍しそうに寄ってきます。
めったに来ない(関心を寄せられない)外国人への興味か
歓迎か
いや、「その高そうなカメラを向けて、何をしにきたんだ」と思われているような

パレスチナの人々の多くは、仕事をしていません。
仕事がないんです。
それを、仲間の一人が言いました。
「毎日仕事もせずに怠けているのではないか」

そうではないと思います。
想像してみてください。
現状を変えようと頑張っても、
「イスラエル」という強国に管理されて、
常に銃を向けられて監視されている。
「分離壁」(パレスチナ人には「差別の壁」イスラエル人には「安全の壁」)
によって四方八方が塞がれて、町全体が常に軟禁状態。
移動にも数ある検問所を通るために何時間もかかる。
苦労して生産した物を理由なく没収される。
仕事をしてお金を稼ごうとしたって、生み出す物がない。
苦労して作った街も、戦車やミサイル弾でぶち壊される。
そうして、
造り上げても壊され
立ち上がっても倒され
努力しても踏みにじられ
そんなことを何十年も繰り返させられてきたら、
「それでも負けずに頑張る」
ことを続けられるでしょうか?

問題は、途方にくれてしまっている
パレスチナの人々にあるのではなく、
それを強いてきた
敵対国にあるのか
それを放置してきている他国にあるのか
「遠い国で起こっていること」と
関心を向けないでいる私たちにあるのか



マザー・テレサは言いました。
「“愛”の反対は“無関心”」



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