自己紹介<難病障害③~「受容ってなに?」>
- こころ ふくし
- 6月19日
- 読了時間: 4分
更新日:7月14日
「障害の受容」
「ありのままの自分を受け入れること」
と、表現されています。
このご時世、ここは一つAIに聴いてみよう!
Geminiに相談してみました。
僕「障害の受容ってなに?」
Gemini
「障害の受容」とは、病気や事故などで身体や精神に障害を負ったとき、あるいは生まれ持った特性に気づいたときに、「その障害がある自分」を否定せず、人生の一部として受け入れ、前を向いて生きていこうとする心のプロセスのことです。
決して「諦める」とか「悲しいけれど我慢する」ということではなく、「障害も含めて、これが今のありのままの自分だ」と認め、新しい価値観やライフスタイルを再構築していくことを指します。」
まあ、そうですね。
教科書的には。
福祉でも心理でもそのように習いました。
「受容には5段階あると言われています。
①ショック期

ぼくは、
「難病?なんか悲劇のヒーローっぽくてカッコいい?」
・・・突然の事故や病気、障害の告知を受けた直後。
突然のことに、かえって冷静に(かのように)受け止めます。
涙も出ない。むしろ感情が麻痺。ある意味、防衛反応でもあります。
ぼくは上記のとおりでしたが、冷静を装おうとしていたのかなぁ。
②否認期

『手術でもなんでいいから治してください』
・・・「なにかの間違いだ」「いつか元通りになる」
認めることが怖く、拒絶(否認)します。
別の病院や医師なら違うのでは、と病院を渡り歩くことも。
日常生活では、あえてそのことを考えずに、これまで通りの
生活を送ります(あるいは、そうしようとします)。
ぼくは、近隣の大学病院を受診して上記のように訴え、
「この病気は手術などで治るものじゃないんです」と
窘められました。
バスケットボールの実業団選手になるという夢を諦めず、
とにかく練習を重ねて遠近感のなさも(一応)克服しましたが、
それも、病気を認めたくなかったためかもしれませんね。
③混乱期

『なんでおれが!?』
・・・「炎の時期」と言われます。
『そんなはずない』『もうおしまいだ』
家族や医師などの周囲にやり場のない怒りをぶちまけたり、あたり散らしたりする時期。
しかし、「怒り」という感情は爆発的にカッとなっても、長時間持続しません。
怒りのエネルギーが切れると、無力感や絶望感に襲われ
抑うつ的になったり、引きもこったり、涙が止まらなかったりすることもあります。
ぼくは、比較的冷静に、というか「明るく/前向きに」捉えていた
つもりですが、それは「俺はぜんぜん平気だよ!すごいでしょ?」
と周囲に装いたかったところも多分にあったのだと思います。
また、病気の話題で周囲を暗い雰囲気にさせたくないので
努めて明るく振る舞うところもあったかと思います。
④解決への努力期

『俺は病気なんかに負けないぜ!』
・・・前向きに模索し始める時期です。
ぼくは基本かっこつけしいなので(笑)
激しい感情が落ち着き、「障害がある現実」を
受け止めて前向きに将来を模索し始めます。
ぼくは、「この経験を活かして、同じく病気や障害で生きづらさを抱える人の相談にのる仕事をしよう」
と、ソーシャルワーカーを目指しました。
この気持ち・動機は30年経ついまも同じです。
⑤受容期

「これがいまの自分だ」
障害を、自分の一部分・・・個性・特徴として認め、
新しい価値観やライフスタイルを確立します。
ぼくは、「しゃーねぇ。これが今の俺だ」
と考えられるようになったのは、ごく最近。
と、「コニアスの5段階モデル」では言われていますが、
これはなるほど、とも思うけど、
こんな風にはいきません。

実際は、行ったり来たり。
進んだり戻ったり。
悟った気になったり、やっぱり怒りが沸いたり。
それは、今だって。
さっきだって。
でも、そうやって、行ったり来たりしながら、
少しずつ
「しゃーねぇじゃん。これが今のぼくだから」
と思えるようになっていくんじゃないかな。

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